BSA H26型の歴史について

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パイオニアランジャパン主宰の齋藤が所有する、BSA H26型。

1926年式の車両です。

こちらの燃料タンクについて大掛かりな補修を施しまして、再びガソリンが入るようになりました。齋藤が作業の顛末、並びに車両がたどってきた歴史について語っておりますので、HPに記載したいと思います。

(Facebookに記載されていた文章を、一部加筆・編集しております)

 

 

BSA H26型がたどってきた時代の変遷

BSA 1926年 H26型サイドバルブ 550cc 単気筒

シリンダーヘッドとシリンダーは一体型で、したがってヘッドは取り外せない典型的なサイドバルブである。

この程70年ぶりに、ガソリンタンクが満タンになった。

 

この車両は、長野県佐久市八千穂町の新海氏より1972年4月19日に譲り受けた。所有者は戦前上田市の郵便局長であり、BSA以前はラレー英国車に乗っていた。エンジンの始動性が悪く、冬の朝はクランクケースの下側に火のついた炭を置いてクランクケースを温めてからエンジンを始動させたという。

このBSAはラレーのあとの購入だったが、家の前が坂道になっていたためキックは使わず坂道を利用してエンジンを始動させたと言っていた。それでこの方は「キックギアもシャフトもほとんど使っていなくて新品同様だ」と自慢されていた。フロントフェンダーに角型のヘコミがあるが、これは不注意で馬車に追突した跡だという。これはこのままにしてある。

 

昭和18年の戦時中にガソリンの配給が中止になった。そして昭和19年頃、近所に火災が発生。消防団がポンプのエンジンを始動するのにガソリンが無いというので、大事に取って置いた村のよろず屋で買っておいたガソリンを提供してしまった。以降はエンジンは不動のままで昭和47年4月19日に引き取られてきた。

 

当時の田舎でガソリンは、リンゴ箱のような箱に一斗缶18リットルが二本入った木箱で販売していたようだ。その箱はもらってきてあり今も手元にある。黒い貝印と赤い貝印があったそうだ。赤い貝印はハイオク?で、黒い貝の印はレギュラー・・・なのかどうかは分らない。ただよろずやでは、砂糖・塩・味噌・醤油と一緒にガソリンを売っていたというから面白い話だ。

 

 

BSAの状態

車両を引き取った当時は、長屋門に戦時中より置いたままになっていた。車体にはコモ(炭俵などの藁かススキで編んだ袋?)が何枚も被せてあったが、タンクの中は下側が錆びて穴だらけだった。屋根の下であったとはいえ、左側が南側の外向きだった為、オリジナルの塗装は紫外線にさらされ薄く色落ちしていた。

 

右側のタンクマークのほうが比較的状態が良いのは、建物の内側に有った為と思われる。驚いた事に、宇都宮に持ち帰り畏るおそるキックを踏むと、シリンダーもキックも錆びていなくてゆっくりと回った。

 

ルーカスのマグネットは、澤藤マグネットにて叩き上げの塚原電装さん(故人)が居たのできっちりと巻き替えてもらう。氏いわく、澤藤のマグネットはもともとルーカスをベースに成り立った会社だったらしい。昭和10年頃 三島博士の発明された三島磁石がルーカスより優秀だったそうで、その澤藤の磁石はこのルーカスにピッタリ合うので、手持ちの三島磁石と交換したという。

これは有難い事に、取り付けたまま46年の時が経ていても空中放電10mmという高性能のまま現在に至っている。磁力も全く落ちておらず、日本のモノ作りはやはり凄かったと思う。

 

 

 

ガソリンタンクの補修

この車両は、永年別のタンクで始動させていた。戦時中より70年以上も状況悪化のまま、ペトロ―ルタンクは満タンらならず。

 

この錆びだらけのタンクのオリジナル風貌を損なわずに修理してみたわけだが、タンクの底はボロボロで言うに及ばず。両脇もいたるところ錆穴だらけである。

 

仕方がないので、とりあえず下部の鉄板を切り離し3枚に分けて0.5mmの鉄板をハンダで交換した。後はコンプレッサーで少しずつ空気を送り込み、刷毛で子供のシャボン玉の溶液を薄めて塗り付けると、穴からはシャボン玉が出来る訳で。。そこを小型のエアルーターで丁寧に穴の周りを磨き上げ、ハンダで5秒くらいで完璧に埋める。しかし次から次へと穴は増え続けたくさんのハンダの☆がで出来あがった。

 

最後のチェックはシャボン玉ではだめ。最後はガソリンと灯油の混合油を入れ、にじみ出てくる箇所を特定して更にハンダの補修が必要となる。更に丸一日ガソリンを入れておいてみないと、完璧穴埋めは期せず。手でこするだけでシャボン玉が次から次へと。。

 

完成してから又問題が発生した。オイルタンクとガソリンタンクの仕切り板にも穴が空いていたらしくオイルタンクにガソリンが混入。これは大問題で、この仕切り版はなぜが8mmくらいの間隔で二枚になっており、これを外すとおそらく元には戻せないと判断。

 

そのまま一晩寝てから考えたのだが、元の穴の開いた仕切り版はそのままにして、ガソリンタンク容量は少し減らしても良いからオイルとガソリンタンクの仕切りを一枚新作することにした。いやはや大変な根気がいる。。。

 

英国製のガソリンコックは秀逸でこれは凄いと思った。耐ガソリンゴムを丸く切り取り、カワサキW1と同じ方式である。全部真鍮製なので半永久的。但し供回防止の突起が無く、替わりに5mmの窪みがありそこに厚さ1.5mmのノックピンが入るのだが、うっかりして紛失してしまった。

 

5mmのドリルのキリを使って厚さ1.5mmのノックピンを作ったが肩が凝ってしまった。(笑)

 

 

・・・・という事で70年ぶりにようやくガソリンタンクは満タンにできたので御座います。

動かしているうちに、また穴が一つ又ひとつと開くかもしれないが慣れてきたので修理は迅速。

 

ま・・・これも楽しみの一つかと。今夜のワインはひとしお旨いと思う。

 

 

 

 

編集していた自分が唸ってしまうほどの、ものすごい歴史と今季と情熱が感じられる文章です。

今までこの車両を何度も拝見しておりましたが、コレほどまでに歴史を刻んできた車両だとは思っておりませんでした。

今年のパイオニアランジャパンでも車両展示されると思いますので、足を運んでいただければとおもいます。

 

 

さてさて今回、パイオニアランジャパン2018の会場において、このBSAを模したデザインのTシャツを販売いたします。

3色を予定しておりまして、数量限定です。是非会場で手にとってみてください。

 

 

 

 

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